4月ありがとうついでに愚痴の書き殴り

とりあえず一ヶ月ブログやってみたけど、

一つの記事に対しておよそ25人くらいには見てもらえてるらしい。

こわいこわい。

書くことあっても一日に二つ以上更新しないっていう個人的ルールがあったけどやめようと思う。だから内容はどんどん薄くなっていくかもしれない。

ミニブログな感覚。

 

ブログに書いてないけどいろんな人と話してたりする。

今まで漠然と思ってたことが少しずつ現実に近づいてきたような感じ。

 

いまいちスピード感がないけど、ゆっくりゆっくり進んでる。

まあやる時はやると思う。

一人だったら特別やるかはわからないけど、他人とだったらもしかしたらってこと、一年後くらいを目標に実現を目指して活動中。

 

何度も何度も言ってきたけど、

自分がつらい時に助けてくれなかった人を助ける余裕はない。

媚びとかないと損だよって言いたいよね。

ざまあ見ろって言いたいよね。

 

考えて考えてある一定の結論を導くと、

“嫌われるタイプ”になったりする。

 

「どんな言葉か」ではなく「誰が言ったか」というのはごもっともでもあるんだけど、

あなたが受け手の場合、「どんな言葉か」が本当は重要だ。自分にちゃんと吸収する力があれば、その言葉の意味が何百倍にも何千倍にも膨れ上がって、自分の人生をもっともっと楽しいものに変えることが出来たりする。

 

それが伝える力ではなく受け取る力だよっていつも言ってる理由なんだけど、

これも書き殴りなので伝わらないんだろうね。

 

日常的によく突っ掛かられる。

まあだいたい説明を追加していけばわかってもらえるし、「じゃあ最初から説明してよ」って話になったりもするんだけど、周りには最初から説明しなくてもわかる人がいたりするので、わからないと言われて初めて説明するほうが効率が良いし何より体力使わずに済む。あと説明したら話が変わるって場合もある。

 

「なぜ嫌なのか」を考えた時に、「なんか鼻につく」とか「なんか生意気」とかそういう曖昧な理由なら嫌うべきじゃない。もったいない。大損こいてる。

解らない時は解らないので教えてくれって言った方が圧倒的に良い。

 

ぶっちゃけると僕もわかってもらえないことが多いし、

わかってくれるやつ今一人もいないなって正直思う。

※わかってくれって言ってるわけでもないし上下・優劣の話でもない。が、この注釈を書く必要があると判断するくらいの毎日を過ごしている。要は何か言う前にこっちが言ってることの意図をしっかり読み取る努力しろよって現象が多すぎるってこと。聞かれたから話しただけだぞって。尖ってみました。

 

鼻につくなら、本質が見えないなら、面倒臭いので近づかないでくれ。

 

あとあれ、何かに対して「すごいなー」って言うとね、

「褒めるなんて珍しいね。いつも文句ばかり言ってるのに」って本気で言う人間がね、

マジで3人くらいいる。

これ見てるかもしれないけど、あなたたちはもう少し視力を鍛えてくれ。

わりと近い人間がそうだからホントにもう色々困っちゃうわほんとにもう。

 

日々くだらない戦いを強いられているわけだけど、

「相手にしない」って結論には至れないんだよね。

絶対仲良くなれるって信じちゃってるところがある。

思考の根本から変えるのは無理だろうね。今から世界一の有名人になって世界を変えても、たぶん今周りにいる人間は変えられない気がする。